大阪と和歌山に隣接する奈良県五條市・金剛山系の東麓。見晴らしのよい丘に、心地よい風が抜ける「泉澤農園」の豚舎と、レストラン「ばあく」がある。ここでは、自家交配で子豚から育て、出荷だけに頼らず、 自家割制度を活用して枝肉を持ち帰り、自ら精肉へと仕上げる。加 工品づくりやレストランでの提供まで手がけ、豚糞は畑へ戻り、小 麦や野菜、米となって再び食卓へ。命の環が家族の手で静かにめぐる、 この地ならではの養豚が息づいている。
泉澤光範さん(左) 光生さん(右)
長男の光範さんは、農業大学校を卒業後、三重の「JA全農みえミート」で修行を積み、家業に合流。家族の協力で畜産と農業とレストランが 織りなす食の循環を支える。
1頭1頭を余すことなく活用できるのは、自社で精肉し、
加工や販売まで一貫して行っているからこそ。レストランの食材にも使用できるため、文字通り命のすべてをいただくことができる。
豚と家族と、 地域の仲間がつないでゆく環
「泉澤農園」と「ばあく」
「泉澤農園」では豚の飼育を中心に、米・野菜・柿を育てている。豚を任されているのは、父・光生さんと息子の光範さん。市場への出荷に加えて、自家割により枝肉を持ち帰り、脱骨・解体までを自ら行い、丁寧に食肉として届けている。豚舎には、およそ300頭の豚が、安心しきったように眠る姿があった。
加工品づくりとレストラン「ばあく」を担うのは、母・ちゑ子さん、娘の朋子さん、そして近隣の主婦仲間たち。家族と地域の温かな手が、ブランドを支えている。
光生さんは、農家に生まれ、北海道の大学で家畜栄養学を学んだのち大阪で就職。しかし「自分は現場で生きたい」と家へ戻り、養豚を継いだ。光範さんは農業大学校を経て三重県で経験を積み、家業へ。飼育から解体、脱骨、柿づくりまで、暮らしに寄り添うように仕事を重ねている。
豚の品質は品種よりも食べたもの
ばあく豚は、黒豚バークシャー種とデュロック種を掛け合わせた豚。黒豚の深い旨みと、デュロック種の発育の良さを併せ持ち、脂は甘く、霜降りになりやすい。「豚の品質は品種よりエサ。すべては口にするもので決まる」と光生さんは語る。家畜栄養学を学んだ彼らしく、配合には徹底した探究心が注がれている。
小麦や大麦を中心に、米・大豆などを組み合わせ、栄養バランスを吟味。加えて、行き場を失いかけた米、小麦、パンやビスケットなどのリサイクル品も活用し、持続性と品質の両立を図る。週に一度、片道1時間をかけて大和郡山市のと畜場へ豚を運び、翌日には枝肉を引き取り、自らの手で精肉・加工へ。価格に委ねられるだけでなく、責任を持って〝おいしさ〟を形にしていく姿勢がある。
豚を育て、土を潤し、未来をつくる
奈良県は平野が少なく農地が細かく分かれ、小規模農家が多い土地柄だ。畜産も弱く、高齢化や豚熱などの感染症リスクが重なり、今では養豚家はわずか4軒になった。価格競争に巻き込まれれば、小規模な生産者は続けられない。だからこそ泉澤農園は、交配から飼育、枝肉、精肉、加工、レストラン運営まで一貫して自ら手がける道を選んだ。
頭数を増やせば収益は増える。しかし排泄物を地域で循環させられる規模を守ることを大事にし、豚糞は自家製の堆肥施設で発酵させ、畑を豊かにする。光生さんの「美味いと思うで。でも、それはお客さんが決めること」という言葉は、誠実な生産者のまなざしそのものだ。私たちができるのは、選ぶこと。そして食べること。その積み重ねが、この土地の未来をそっと支えていく。